『100万人の母たち 七夕プロジェクト』 誕生物語

環境思想家 サティシュ・クマールが絶賛

原発のない世界を願う写真集 『100人の母たち』に注目した環境団体の中に「100万人のキャンドルナイト」を日本で始めたナマケモノ倶楽部がいた。彼らは、ひとつの「写真集」とし てだけでなく、子どもを被ばくから守りたい、世界の原発をなくしたいという「100人の母たちムーブメント」に共感し、今春、日本に招聘した世界的な環境 思想家のサティシュ・クマールと「100人の母たち」が出会うイベントを企画した。

サティシュは、この写真集と「100人の母たちの脱原発ムーブメント」を絶賛し、亀山ののこさんや母たちに提案した。

「みなさんの運動は素晴らしい。みなさんの子どもを守りたい思いや脱原発を願う気持ちを直接、首相に伝えに行ってはどうか。私も応援します」と
――その言葉がたんなる外交辞令でないことは、すぐに分かった。
なぜならサティシュは、「私のウェブサイトで、100人の母たちムーブメントを紹介したいから」と、亀山さんにインタビューを始めたからだ。

「あなたが2人の幼子を抱えて東京から福岡に避難すると決めたとき、仕事をやめなければならない夫をどのように説得したのですか」、「離婚も覚悟していた のですか」といった踏み込んだ内容の質問も含め、サティシュは、この素晴らしい写真集が生まれた背景を聞き出そうとしていた。

亀山さんの次の言葉にサティシュは大きくうなずいた。
「取り返しのつかない原発事故を起こしたにもかかわらず原発を再稼動させようとする者たちへの怒りの表情を撮影しようと思っていたのが、実際に撮影をはじめたら、子どもと一緒の母親からは、愛にあふれた表情しか生まれないということに気づいた」

「それは、つまり、『愛に基づいた脱原発の写真集』になっていったのですね」――サティシュとの対話は、それ自体が感動的なものだった。


◆「100人の母たち」から「100万人の母たち」へ

サティシュの「子どもを守りたい思いや脱原発の気持ちを直接、首相に伝えに行ってはどうか」という提案を受けた「100人の母たち」は、会合を持ち、決断した。

「七夕の7月7日に、子どもを守りたい人、脱原発を願う人たちが全国から首相(官邸)に、願いを書いた短冊をとどけに行く」ということを全国に呼びかけてやろう。

「100人の母たち」というのは、いのちを大切にしたいという母性の象徴だから、母でなくていいし、男でもいいし、子どもでもいい。願いは世界から集めよう。英語のサイトもつくろう。

そして、この取り組みの名称を『100万人の母たち 七夕プロジェクト』と決めた。

全国各地で、小さな集まり(数人でもいい)を持ってもらい、原発の問題や放射能から子どもを守ること(今、放射能汚染地で子どもたちの病気が増えてきてい ることなど)について話し合ってもらい、首相への要望を寄せてもらおう。また、話し合ってる風景を写真にとってもらい、ネットで全国の盛り上がりを共有し ていこうと決まった。

この七夕プロジェクトの提案者はサティシュ・クマールであり
サティシュと「100人の母たち」の出会いが原点にある。

■サティシュ・クマール(ヒンディー語:सतीश कुमार, 英語:Satish Kumar, 1936年 - )
イギリスの思想家。インド西部ラージャスターン州の町シュリー・ドゥンガルガルで生まれ、9歳で出家しジャイナ教の修行僧となる。18歳のとき還俗。マハ トマ・ガンディーの非暴力と自立の思想に共鳴し、2年半かけて、核大国の首脳に核兵器の放棄を説く1万4000キロの平和巡礼を行う。1973年から英国 に定住。E.F.シューマッハー(イギリスの経済学者、『スモール・イズ・ビューティフル』の著者)とガンジーの思想を引き継ぎ、イギリス南西部にスモー ル・スクールとシューマッハー・カレッジを創設。エコロジー&スピリチュアル雑誌「リサージェンス(再生)」編集長。

『100万人の母たち 七夕プロジェクト』 誕生物語 亀山ののこ

【フォトグラファー・亀山ののこさんインタビュー|今週の原発|通販生活】
子どもを守り、原発のない世界を願う写真集『100人の母たち』が、『100万人の母たち 七夕プロジェクト』へと展開し、全国に世界に広がりはじめた背景が語られている。
http://www.cataloghouse.co.jp/yomimono/genpatsu/kameyama/

【ブログ】100万人の母たち 七夕プロジェクト~
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